ウィーン物語5-2日本との違い

友人とチャットするうちに、日本と海外、とりわけ

欧米との重要な違いを思い出したので備忘録として・・・

 

1)情報量の圧倒的違い

今やマルティナショナルな場での公用語は、学術、ビジネスと

分野を問わず英語。コモンウェルス諸国だけでなく、旧フランス

植民地やラテンアメリカも英語使用。

従って、学会向けであれ一般向けであれリリース情報もまた英語!

英語で発信・提供される情報量は桁違いの多さに圧倒されました。

 

それに対し日本語で発信される情報は、大部分日本発で、かつ国内
向けです。しかし、検索のコツをつかみさえすれば、質量ともに
そこそこ満足できる情報を入手することができます。
6年前、病気がわかった時、必死で英語・ドイツ語の情報を漁りましたが
患者が利用する一般レベルの情報は質的に遜色がありませんでした。
(ただし、インチキ情報もたくさんひっかかったのには困った)

 

国際的潮流把握のために英語力を磨く必要を感じるとともに、

一般人レベルでは質量ともに一応満足できる水準の情報を提供して
下さっている日本の医療関係者、翻訳者に感謝です!

 

2)話題にタブーがない

今や「チーム医療」の時代。治療プログラムにはDr.だけでなく
いろいろな職種の人が関わるのは、どの国も同じ・・・

ただそのメンバーに関し、「婦人科がん患者のサポートには
チームにsexologistも加えるべき」なんて主張が女性Dr.から
堂々と提案されていました。

 

50過ぎの独女としては、まあ、今更ど~でもよいけれど、
お若い患者の場合は希望に応じて加えることに私も賛成です。
婦人科がんの治療後に夫婦・恋人関係が破綻したなんて話は
いまだに聞きますからね。もしsexologistの介入で問題が
少しでも良い方向にむかうならチームに加えるべきです。

 

でも、日本では堂々とは提案しにくいなぁ~
他にも学会など公の場で堂々と提案している人、見たことが
ありません。ンフフ、英語でなら私言えるかも(何でかな?)

 

3)エビデンスのない民間療法には流れない?
オーストラリアやカナダの看護師さん達と「積極的治療のやめ時と

その告知法」のセッションの感想を話し合っていた時のことです。

セッションのデモ・ヴィデオでは、やけにあっさりと治療の終了を
受け入れていました。私がそれについて驚いたと言ったら

Aus;あれはケーススタディだからよ。現実はそんな風には
  いかないわ。多くの患者・家族がセカオピ ショッピングに

  走って大変なのよ。
Can;そうね。治療法はもうない、と言われたってそう簡単に

  受け入れられないわ。それに本人が「もう、いい」と言っても
  家族が反対したり、とか・・・


Jpn; Dr.に治療終了宣言されても「何か他にないか?」と

  探し回るのは世界共通ね。

  ただ、日本では、探し回った挙句、エビデンスに乏しい

  民間療法に走る人がいるのよ。

Aus+Can; 安いの?

Jpn; いいえ。法外な費用よ。
Aus+Can; えええ~、あり得ない!!!

 

終了宣言を受けたときの反応は共通でしたが、民間療法に対する
態度は理解不能だったようです。